SUUMOジャーナル
8/29(金) 8:03
賃料設定のない共同住宅ではどんな「バグ(※)」が起きるのか? そんな社会実験を神奈川県相模原市の藤野で行っているのが、不動産×テクノロジーでイノベーションを起こした中村真広(なかむら・まさひろ)さんです。実験の舞台は「虫村(バグソン)」と名付けられた自宅敷地内。賃貸棟「長屋」には家賃の取り決めがなく、物や労力なども家賃代わりにすることができます。中村さんは貨幣経済に代わる「感謝経済」と位置付けていますが、果たしてそこから生まれるものとは? この春に“村民”となった入居者たちの顔ぶれや入居動機、そして暮らしぶりまで現地からレポートします。 ※バグ:プログラム用語で、制作者の意図と違う動作をする欠陥や不具合の総称
藤野の里山に生まれた家賃の設定がない三軒長屋
神奈川県相模原市の北西端に位置する藤野地区(旧藤野町)は、相模湖をシンボルとする自然豊かな地域。魅力はそれだけでなく、アーティストやクリエイターが多く暮らす芸術のまちであり、独自性の高い教育で知られる小中高一貫校「シュタイナー学園」があり、持続可能な農業をもとに人と自然が共に豊かになる「パーマカルチャー・センター・ジャパン」の拠点も置かれています。そのため、さまざまな思想やバックグラウンドを持つ人々の移住が絶えず、多様なコミュニティもまた藤野の求心力になっています。 2023年にこの地に家族で移り住んだのが、リノベーション住宅の流通プラットフォーム「cowcamo(カウカモ)」やコワーキングスペース「co-ba」などの事業を手掛けてきた中村真広さんです。場づくりは中村さんの得意分野。そこで藤野の里山に新たな「場」をつくるプロジェクト「虫村(バグソン)」が立ち上げられたことは以前の記事で紹介しています。
村長”の中村さんは不動産業界の革命児であり、場づくりの名人。「ツクルバ」の共同創業者として知られ、取締役を退任後は一部事業を自ら会長を務める「バ・アンド・コー」で引き受けている。2018年に「KOU」を設立。自律的に生きる人を増やすために、キャリアデザインプログラム「Willnext(ウィルネクスト)」を展開している。2023年、家族で藤野へ移住。 このとき中村さんが話していたのが共同住宅「長屋」の計画でした。藤野は移住希望者が多いものの、賃貸住宅、特に家族向けの物件が限られているのが難点。そこで移住を考えている人がファーストステップとして住めるような賃貸住宅を虫村に建てることにしたのです。 驚くことに、この長屋、賃料の設定はなし。金額は居住者が決められ、物でお返しをしたり、森の手入れや買い出しといったことでの支払いもOKだというのです。 1年前の取材当時、敷地内には自邸の「主屋」やオフグリッドの暮らしを体験できる「HANARE」はあったものの、長屋棟はまだ着工前。「里山暮らしに適した共同住宅の新しい規格を目指した」というその建物がいよいよ完成し住人も入居済みとのことで、改めて現地へと向かいました。
土間や薪ストーブを取り入れた里山の暮らしに寄り添う共同住宅
虫村があるのはJR中央本線・藤野駅から車で15分ほどの山の中。敷地には造成した区域1000坪に加え3000坪に及ぶ森林も含まれています。 「あそこに見えるのが長屋ですよ」 駐車場で出迎えてくれた中村さんが指差したのは、広大な森を背にして立つ切妻屋根の木造住宅。牧歌的な佇まいはまるで山の分校のようです。
賃貸の共同住宅は全部で3戸。メゾネット型の住戸がまさしく長屋のように連なり、その前には縁側スペースもつくられています。2戸は60平米台で子育て世帯でも快適に暮らせる広さ。もう1戸は一回り小さい50平米台になっています。 主屋やHANAREと同じく「ツバメアーキテクツ」に設計を依頼したという長屋は、プランニングも独創的です。入り口の引き戸を開けると現れるのは通り土間。たたきなど一般的な玄関のスペースはなく、屋外と屋内がシームレスにつながっています。キッチンもこの土間にあり、古きよき日本家屋の間取りが再現されているのです。 「土間には薪ストーブもあって、吹き抜けを通じて家全体を暖めるようになっています。2階の屋根裏には換気窓があり、夏は暖気を外に逃すのに活躍します。1、2階とも部屋の間仕切りはなく、エネルギーの有効利用と空気の流れを考慮した里山暮らしに合う設計にしました」(中村さん)
突き出た庇の下には縁側がつくられ、村民の溜まり場として活躍。庇を支える列柱には奥多摩で活動する「東京チェンソーズ 」の丸太が使われている。
1階と2階を吹き抜けでつなげて暖房効率を高めている。無垢の木材をそのまま巡らせた空間は山小屋のような雰囲気も。
地元のアーティストが手がけた愛らしいドアノッカー。3戸それぞれデザインが異なり、住まいのチャームポイントになっている。